『さよなら、インターフェース』を読みました。何かのWeb情報を見て、タイトルが気になった書籍。
おそらく原書のノリそのものだと思うのですが、訳も砕けた感じの言葉で話を進めている、トントンと内容を読むことができるものでした。また、画面全体であったり、複数の画面にまたがってUIの説明などしている箇所があり、これは書籍として手に取るほうが楽しめそうなものだと思いました。(そもそも、Kindle版は無さそうですが)
この書籍自体、User Interfaceが人にどのように影響を与えるか、UXをどうするか、ということを、UI/UXとを切り離して考えるきっかけをあたえてくれるわかりやすいものだと思います。
これを読んだ後、私が属している組織が提供するサービスはNO UIの考えにどのくらい近づけるのか、何が提供できるか考えました。つまり、料理を作るに関係する試行において、いちいち検索とか、アプリ開くとか、そういうことをしなくても必要なものを機械がサポートしてくれる。そんな世界はどういうところだろう、と。
キミたちはもうひとつ、やるべきことがある。シリコンバレーの二番煎じなんかじゃなく、さらなる高みを目指せ。シャンとするんだ!
> p.54
UIとUXに対して、比喩的に以下の通り捉えていました。いわゆる、Qualityとして目指すはUXで、その手段としてのUI。広く言われている感じですね。
- UIとは、ナビゲーションやエラーメッセージ、テキスト入力や領域、アニメーションなどのsignifire
- UXとは、人、しあわせやうれしさなどの感情、問題解決、至福など。
ほか、最近のUIとUXを類似したもの、と捉えた時の反例的な例を幾つか挙げていました。
- UIをつければ良い!という、UX無視したアプリ開発
- ユーザ体験と広告の、利益を得るための(分かっていての)犠牲
- UIを表示するディスプレイのバックライトのγ値などと、人の知覚の関係(覚醒するとか。)
- 「まずは画面」から、スマホはケツポケットにしまっとけ!という考え方への転換
- スマホを操作してxxできうようにする、ということは、スマホを取り出して、ロックを解除して、アプリを起動して…という操作をさせること。それ自体が、本来したい動作の大半に無駄を埋め込んでいる。
- 日常の範囲内で、体験を満足させることができるようなサービス/機能
それらの反例にあるスマホを出して操作するという事後対応型と、この No Interface の主張としての事前に設定しておくことで以降はわざわざスマホを取り出さなくても使える事前対応型サービス/アプリの例も、対比としてつらつらと書かれていました。
余談:
広告に関して、Facebookのユーザ体験向上施策と、ユーザの滞在時間の短縮と、広告収入のために意図的に滞在時間を伸ばすように体験を低下させた話とか。(その真偽はさておき、例として。)
いろいろ悩ましいところですね。。。
鍵となる考え方は以下の3つ。
- 画面なんかよりも先に、解決したい課題の「いつもの手順」を理解する
- 利用者にこき使われるシステムを創り出す
- ひとりひとりに合わせる
物理的なものを持たない、特にWebから出発したサービスって、どういう品質がユーザにとってしあわせになるのでしょうかね。そこをちゃんと考えるには、手段としてSoftwareだけではなくHardwareも関わらないといけないのかな。
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